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2-4 朱莉の初体験 2

last update Last Updated: 2025-05-02 23:10:33

 朱莉はスリングの中にいる蓮を宝物のように抱きしめると、キャリーケースを引きずって駐車場へと向かった。

(レンちゃんが起きる前に早く帰らなくちゃ。だからに帰るまで眠っていてね……)

 車に着くと後部座席に設置したチャイルドシートに眠っている蓮を降ろし、ベルトで固定すると笑顔で話しかけた。

「安全運転で行くからね」

朱莉は早く言葉を覚えられるように、沢山話しかけてあげようと思っていた。何より会話に飢えていた朱莉に取って、蓮は格好の話し相手になってくれるに違いないと朱莉は考えていたのだ。

****

 無事に駐車場までたどり着くことが出来た朱莉は後部座席に回って蓮の様子を見てみるが、まだチャイルドシートの中で眠っている。このチャイルドシートは着脱式になって降り、持ち手が付いていて運べる仕様になっていた。

そこで朱莉はまずキャリーケースを車から降ろし、チャイルドシートを車から外した。そして眠ったままの蓮を乗せたチャイルドシートを持つと、エレベーターホールへ向かった。部屋の階数ボタンを押し、エレベーターに乗り込むと朱莉はチャイルドシートで眠る蓮を見つめる。

(本当に何て可愛いんだろう……他の女性が産んだ子供でもこんなに愛おしく感じるのね……)

朱莉は今幸せ一杯だった。例え仮初でも一緒に暮らす家族が出来たのだ。

蓮には自分の持てる限りの愛情を注いで大切に育てていこうと朱莉は心の中で誓った。

 玄関の鍵を開けて、中へ入ると朱莉は早速チャイルドシートを降ろすと、手を洗いに行った。そしてチャイルドシートを覗きこみ、驚いた。

何と蓮が目を開けていたのである。

「うわあ……おめめ開けたの? でも……確かまだ目は殆ど見えていないんだよね……」

すると……徐々に蓮の顔がクシャリと歪み初め……。

「ホギャアアアアア……ッ」

弱々しい声で泣き始めた。

「大変っ!」

朱莉は慌てて抱き上げると、横抱きにして頭を支えた。赤ん坊の温かい体温がとても心地よかった。まだ弱々しく泣く蓮に朱莉は気が付いた。

「あ! もしかしておむつが汚れているのかな?」

朱莉は慎重に蓮を抱きかかえながら、防水シーツを敷いたベビーベッドに寝かせると蓮のおむつが汚れていなか確認してみる。

するとやはり既におむつの中は汚れていた。

「ごめんね。レンちゃん。すぐにおむつ交換するからね?」

朱莉はおむつを取り出し、あらかじめ温めておい
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